【夏の甲子園2026】末吉良丞(沖縄尚学)はドラフト1位候補?最速150キロ・球種・出身中学・左肘故障と進路を調査
沖縄尚学の末吉良丞投手を徹底調査。最速150キロの左腕は2026年ドラフト候補?球種、身長体重、出身中学、2025年夏の甲子園優勝、左肘故障からの復帰、スカウト評価、進路までまとめます。
2026年夏の甲子園で、全国から大きな注目を集める左腕がいます。
沖縄尚学の、
末吉良丞投手。
2025年夏の甲子園では2年生エースとして全国制覇。
さらにU-18日本代表にも唯一の2年生として選出されました。
最速は、
150キロ。
身長175cm、体重90kg前後のがっちりした体格から、力のあるストレートとスライダーなどを投げ込む本格派サウスポーです。
一方、3年生となった2026年は順風満帆ではありませんでした。
春以降は左肘のコンディション不良で登板を回避。
最後の夏も背番号10でスタートし、沖縄大会序盤は指名打者として出場しました。
ところが準決勝・名護戦で復帰。
6回2安打。
8奪三振。
無失点。
そして決勝では最終回に登板し、エナジックスポーツの猛追を振り切って甲子園切符をつかみました。
今回は、
「末吉良丞は2026年ドラフト候補?」
「最速は?」
「球種は?」
「出身中学は?」
「左肘の状態は?」
「甲子園ではどんな成績?」
「卒業後の進路は?」
をまとめます。
目次
末吉良丞のプロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 末吉良丞(すえよし・りょうすけ) |
| 高校 | 沖縄尚学 |
| 学年 | 3年 |
| ポジション | 投手 |
| 投打 | 左投左打 |
| 身長 | 175cm |
| 体重 | 約90kg |
| 出身地 | 沖縄県 |
| 出身中学 | 浦添市立仲西中学校 |
| 中学所属 | 中学校軟式野球部 |
| 小学時代 | 仲西ビクトリーベースボールクラブ |
| 背番号 | 2026年夏は10 |
| 最速 | 150キロ |
| 主な球種 | スライダー、カーブ、フォーク系、チェンジアップなど |
| ドラフト対象 | 2026年 |
プロフィールについては週刊ベースボールONLINEが175cm・90kg、左投左打、仲西中出身と掲載しています。
末吉良丞は2026年ドラフト1位候補?
結論から言えば、
2026年高校生ドラフトを代表する候補の一人とみていいでしょう。
最速150キロの左腕。
2025年夏の甲子園優勝投手。
U-18日本代表。
これだけでも注目度は非常に高い選手です。
日刊ゲンダイでは、末吉を以前から追うスカウトの評価として「ドラフト1位候補」とする見方が紹介されています。
また、2026年春にはNPBスカウトやMLB球団も視察するほど注目を集めました。
ただし、
2026年春から夏にかけて左肘のコンディション不良があった点は、ドラフトを考えるうえで無視できません。
実力だけでなく、今後は健康状態や進路判断も大きなポイントになります。
最速150キロの本格派左腕
末吉良丞の自己最速は、
150キロ。
高校1年時にはすでに150キロを記録したと報じられています。
さらに驚くのが、
中学3年時点で145キロ。
仲西中の軟式野球部でプレーしながら、すでに高校トップクラス級の球速を出していました。
完成された大型左腕というより、
強烈な下半身と出力で押し込むタイプ。
175cmと投手として特別大柄ではありませんが、約90kgの体格から強いボールを投げ込みます。
2026年センバツでは147キロ
2026年春のセンバツでは、直球の最速147キロが計測されています。
球速データを集計する球速ドットコムでは、
2025年夏の甲子園
最速146キロ
2026年センバツ
最速147キロ
とされています。
自己最速150キロだけを見ると剛速球タイプですが、
末吉の強みは単純な最高球速だけではありません。
140キロ台前半から中盤のストレートを軸に、変化球を混ぜながら打者を抑えます。
球種はスライダー、カーブ、フォーク、チェンジアップ
確認できる主な球種は、
ストレート。
スライダー。
カーブ。
フォーク、またはスプリット系。
チェンジアップ。
2026年センバツの球種分析では、ストレートに次いでスライダーの割合が高く、フォーク系、チェンジアップ、カーブも確認されています。
特にスライダーは大きな武器。
直球一本で押すのではなく、
左右、高低、球速差を使って打ち取れる投手です。
出身中学は浦添市立仲西中学校
末吉良丞の出身中学は、
浦添市立仲西中学校。
中学時代は、
軟式野球部。
硬式のボーイズやシニアではありません。
全国級の高校野球選手には中学硬式出身者も多い中、
学校の軟式野球部から全国屈指の左腕へ。
末吉の経歴で非常に興味深い部分です。
小学2年から野球を始める
週刊ベースボールONLINEによると、
小学時代は仲西ビクトリーベースボールクラブ。
仲西小2年から野球を始めました。
中学では投手として大きく成長。
中学3年時には、
最速145キロ。
高校入学前から沖縄県内で大きな注目を集める存在になりました。
沖縄尚学入学時から「特別」だった
2026年6月のOKITIVEでは、
末吉が沖縄尚学へ入学した時点で、前年夏の甲子園に出場した東恩納蒼と比較されるほど高く評価されていたことが紹介されています。
中学軟式で最速145キロ。
高校入学直後から、上級生も注目する存在でした。
つまり末吉は、
高校で突然150キロ投手になったわけではありません。
中学時代から突出。
そこから沖縄尚学でさらに全国レベルへ進化した投手です。
1年夏からベンチ入り
沖縄尚学では、
1年夏からベンチ入り。
当時の背番号は20でした。
その後、1年秋にはエース格へ成長。
全国舞台への階段を一気に上っていきます。
高校1年生の段階で強豪・沖縄尚学の投手陣に食い込んだこと自体、
末吉の完成度の高さを物語っています。
2025年春のセンバツを経験
2025年春。
末吉は2年生でセンバツのマウンドを経験します。
一球速報の選手データなどでも、2025年センバツ出場歴が確認できます。
全国大会で強豪校を相手に投げる経験を積み、
その夏に大きく飛躍しました。
2025年夏の甲子園で全国制覇
末吉良丞を全国区にした最大の大会が、
2025年夏の甲子園。
沖縄尚学は日大三との決勝を3-1で制し、
夏の甲子園初優勝を達成しました。
当時、
末吉はまだ2年生。
それでもチームの中心投手として全国制覇に大きく貢献しました。
「2026年ドラフト候補」という現在の評価は、
球速だけではありません。
甲子園優勝を支えた実績も非常に大きいと言えます。
仙台育英戦では169球完投
2025年夏の甲子園で強烈な印象を残した試合の一つが、
仙台育英戦。
末吉はこの試合で、
169球を投げて完投。
強豪を相手に最後までマウンドを守りました。
球速。
変化球。
制球。
それだけでなく、
長いイニングを投げ切るスタミナと精神力。
末吉の評価を一段引き上げた試合と言えそうです。
U-18日本代表に唯一の2年生で選出
夏の甲子園優勝後、
末吉はU-18日本代表にも選ばれました。
しかも、
チーム唯一の2年生。
年上のドラフト候補が並ぶ代表チームへ、1学年下で入っています。
2025年9月のU-18ワールドカップでは、
アメリカ戦で4回1/3を無安打無失点。
世界を相手にも能力の高さを示しました。
U-18決勝ではアメリカに敗れる
一方、
すべてが成功だったわけではありません。
U-18ワールドカップ決勝でも末吉が先発。
地元沖縄の大観衆の前で投げましたが、
途中降板となり、日本はアメリカに敗れて準優勝でした。
高校2年生で、
甲子園決勝。
世界大会決勝。
短期間で極めて大きな舞台を経験しています。
この経験が2026年へつながりました。
全国制覇後は「自分を見失っていた」
2026年春、
末吉本人が興味深い振り返りをしています。
QABの取材に対し、
2025年夏以降は周囲の期待に応えようとするあまり、自分を見失い、調子が下がっていたという趣旨の発言をしました。
全国制覇。
U-18。
ドラフト候補。
高校生とは思えないほど注目度が高まりました。
そのプレッシャーと向き合ったことも、
3年生になってからの大きなテーマだったようです。
2026年センバツは帝京に逆転負け
2026年春。
沖縄尚学は前年夏王者としてセンバツへ。
初戦は帝京。
沖縄尚学が3-4で敗れ、
夏春連覇の夢は初戦で消えました。
末吉は試合後、
追い込んでから三振を奪えなかった点を敗因の一つとして挙げています。
守備のミスが絡んだ場面についても他人の責任にせず、
投手として抑えるべきだったという姿勢を示しました。
春以降は左肘の故障で登板回避
センバツ後、
末吉に大きな試練が訪れます。
左肘のコンディション不良。
日刊スポーツによると、
春の九州大会では末吉を欠く状態となり、夏の沖縄大会が始まってもすぐには登板しませんでした。
一部では靱帯損傷の可能性も報じられましたが、
比嘉公也監督は「疑い」である点を強調しており、外部から重症度を断定することはできません。
そのため、
「靱帯断裂」
などと断定するのは不正確です。
2026年夏は背番号10
前年夏の全国優勝投手。
2026年春までのエース。
それでも最後の夏は、
背番号10。
背番号1は右腕・新垣有絃がつけました。
末吉の将来を考慮しながら起用する方針が取られました。
沖縄大会序盤では、
指名打者。
投げられない状況でも打者としてチームに貢献しながら、
復帰のタイミングを待ちました。
準決勝・名護戦で復活
そして7月18日。
沖縄大会準決勝。
名護戦。
ついに末吉が2026年夏初登板。
しかも、
先発でした。
結果は、
6回。
被安打2。
8奪三振。
1四球。
無失点。
沖縄尚学は7-0で7回コールド勝ち。
末吉は140キロ台のストレートにスライダー、カーブ、チェンジアップを織り交ぜました。
復帰戦で144キロ
復帰直後ながら、
ストレートは144キロを計測。
2回には142キロ、144キロのストレートで連続三振。
3回には3者連続三振を奪っています。
150キロという自己最速には届かなくても、
故障明けの夏初登板としては十分に強烈な内容。
甲子園へ向け、
大きな材料になりました。
決勝では9回途中から登板
沖縄大会決勝は、
エナジックスポーツ戦。
沖縄尚学は4-2で迎えた9回、
1死から末吉を投入しました。
しかし、
簡単には終わりません。
2安打などで1点を失い、
4-3。
なおも走者を背負いました。
最後は空振り三振。
沖縄尚学が4-3で勝利し、
2年連続の夏の甲子園出場を決めました。
故障に苦しんだ最後の夏。
最後のアウトを取ったのは、
前年の全国優勝投手でした。
沖縄大会は5試合を勝ち抜く
沖縄尚学の2026年夏沖縄大会は、
2回戦 沖縄水産に5-0。
3回戦 読谷に9-0。
準々決勝 糸満に3-2。
準決勝 名護に7-0。
決勝 エナジックスポーツに4-3。
学校公式でもこの結果が発表されています。
圧勝だけではありません。
準々決勝と決勝は1点差。
前年王者として追われながら、
接戦を勝ち切って甲子園へ戻ってきました。
2026年夏の甲子園で注目されるポイント
最大の注目は、
左肘の状態。
そして、
どこまで投球強度を上げられるのか。
準決勝では6回を投げ、
決勝では救援登板。
実戦復帰はできています。
ただし、
高校最後の大会だからといって無理をすべき投手ではありません。
ドラフト候補であると同時に、
その先の長い野球人生が期待される左腕です。
NPBだけでなくMLBからも注目
末吉については、
国内球団だけではなくMLB側の視察も報じられています。
2026年春のU-18代表候補合宿にはメジャー球団のスカウトも集まり、
末吉は全国トップクラスの高校生投手として見られてきました。
日刊ゲンダイではメジャースカウトによる視察も紹介されています。
ただし、
「MLB入りが決定的」
という情報ではありません。
あくまで高い評価を受け、国内外からチェックされている段階です。
プロ志望届は?
2026年8月9日現在、
末吉良丞がプロ志望届を提出したという公式発表は確認できません。
夏の甲子園開催中であり、
進路について最終決定が公表されていなくても不自然ではありません。
今後、
甲子園終了後の本人発言。
プロ志望届。
ドラフト会議。
ここは大きな注目ポイントになります。
大学進学の可能性は?
一部メディアでは大学進学の可能性について報じられています。
ただし、
現時点で末吉本人や学校から具体的な進学先が正式発表された事実は確認できません。
したがって、
「○○大学へ進学する」
と断定できる段階ではありません。
左肘の状態も含め、
本人と家族、学校側がどのような判断をするのか注目されます。
まとめ
末吉良丞は、
2025年夏の甲子園を2年生エースとして制した沖縄尚学の本格派左腕です。
最速150キロ。
2026年は左肘の故障という大きな試練を経験しましたが、
最後の夏に復帰。
再び甲子園へ戻ってきました。
・沖縄尚学3年
・ポジションは投手
・左投左打
・175cm、約90kg
・最速150キロ
・主な球種はスライダー、カーブ、フォーク系、チェンジアップなど
・浦添市立仲西中学校出身
・中学時代は軟式野球部
・中学3年時に最速145キロ
・高校1年夏からベンチ入り
・2025年夏の甲子園優勝投手
・U-18日本代表に唯一の2年生で選出
・2026年センバツは帝京に3-4で敗退
・春以降は左肘のコンディション不良
・2026年夏は背番号10
・沖縄大会準決勝で6回2安打8奪三振無失点
・決勝でも登板し4-3で甲子園出場決定
・2026年ドラフトの有力候補
・プロ志望届、具体的な卒業後の進路は現時点で未公表
高校野球ファンとして気になるのは、
やはり甲子園でどこまで投げられるか。
そして、
ドラフトか。
進学か。
2026年秋に向け、
末吉良丞の一つ一つの動向から目が離せません。





